この記事では、従業員を1人以上雇う個人事業主が、どんな社会保険・労働保険手続きをしなければいけないのかご説明します。
以下を把握したうえで手続きを進めるとスムーズです。
- 個人事業主本人と従業員は別の社会保険に加入する
- 事業所※と労働者が加入するのは、①社会保険(健康保険・厚生年金保険)と②労働保険(雇用保険・労災保険)
- 1人目の従業員を社会保険・労働保険に加入させる場合は、新規適用や成立手続きという、事業所を社会保険・労働保険に加入させる手続きが必要(初回のみ)
- 事業所・労働者それぞれに加入条件が定められている
- ①事業所を社会保険・労働保険に加入させてから、②労働者を社会保険・労働保険に加入させる
※事業所(事業場):働く場所のこと。
個人事業主と従業員が加入する社会保険の種類と加入条件は次のとおりです。
【早見表】立場別・加入義務がある社会保険と加入条件
社会保険 | 労働保険 | |
個人事業主本人 | 以下いずれか 1.健康保険任意継続 2.扶養家族として健康保険 3.国民健康保険 加えて ・国民年金保険 | ・雇用保険には加入不可 ・特別加入制度を使えば労災保険に加入可 |
事業所 | 要件を満たせば、社会保険(健康保険・厚生年金保険)に加入 加入義務があるのは… ・従業員を5人以上雇用する個人事業主 ・法人 | 1人でも雇用していれば、労働保険(雇用保険・労災保険)に強制加入 |
従業員 | 特定適用事業所、任意特定適用事業所で働く正社員と、一定の条件を満たすアルバイトは、社会保険(健康保険・厚生年金保険)に加入(詳細本文) | ・1.2両方に該当すれば雇用保険に加入 1.1 週間の所定労働時間が 20 時間以上 2.31日以上の雇用見込み ・全労働者は労災保険に加入 |
上記の表では要点だけをご説明しています。加入条件には例外もあって、例えば個人事業主と同居の家族は労働保険に加入できない場合もあります。
詳しい加入条件や、加入手続きの具体的な進め方・必要書類については本文でご説明しています。ぜひご参考ください。
従業員を1人以上雇う個人事業主本人はどの社会保険に加入すればいいのか?
大前提として、(雇用主としての)個人事業主と、従業員はそれぞれ別の社会保険に加入することになります。
個人事業主本人はどの社会保険に加入することになるのかご説明します。
個人事業主本人が加入する社会保険
加入が義務付けられている社会保険は次の2つです。
- 任意継続の健康保険、扶養家族として健康保険、国民健康保険のいずれか
- 国民年金保険
既に加入している場合は読み飛ばしてください。加入していない場合は、市区町村役場で手続きをしましょう。
任意継続の健康保険、扶養家族として健康保険、国民健康保険のいずれか
個人事業主が加入する健康保険は以下のいずれかです。
- 任意継続の健康保険:サラリーマン時代などに加入していた健康保険を任意で継続する手続きをすれば加入できる
- 扶養家族として健康保険(第3号被保険者):被扶養者として配偶者の健康保険に加入。配偶者の職場経由で手続きをする
- 国民健康保険(第1号被保険者):1.2に当てはまらない場合に加入。市区町村の国民健康保険窓口等で手続きをする
国民年金保険
個人事業主は国民年金保険のみに加入します。退職日の翌日から14日以内に、市区町村役場で手続きをしましょう。配偶者の被扶養者になる場合は、配偶者の職場経由で手続きを進めることになります。
個人事業主本人は労働保険(雇用保険・労災保険)に加入不可。労災に国民健康保険は使えずリスク高い
個人事業主は、労働保険(雇用保険・労災保険)に加入できません。
それぞれの趣旨は…
- 雇用保険:失業時の経済的支援と再就職を助けるための保険
- 労災保険:仕事に起因する怪我や病気、障害、死亡時に労働者やその遺族への補償を目的とした保険
労働保険、特に労災保険に加入できないと何がまずいのでしょうか?
リスクは以下3点です。
- 労災被害にあって、収入が減少したり、ゼロになったりした場合に収入源がなくなる
- 労災による怪我や病気に健康保険は使えない。民間の保険に入っていなければ保障は何も得られない
- 通勤中の事故も労災扱い。知らないと落とし穴になり得る
現場仕事のような、怪我をする可能性が高い仕事に従事している方ほどリスクが高くなります。雇用保険には加入できませんが、労災保険には特別加入制度を利用することで、個人事業主も加入できます。労災保険は国の保険なので、保障内容の割に保険料が割安です。民間の保険よりも先に検討するべきでしょう。
残念ですが、労災保険に特別加入をしていなかったのであれば、労災の給付は受けられません。
労災に遭ってから慌ててもどうしようもないので、生活を防衛するための知識として特別加入制度の概要だけでも把握しておくことをおすすめします。
特別加入制度については以下の記事でご説明します。
従業員を社会保険(健康保険・厚生年金保険)に加入させなければいけないのはどんな個人事業主?
1.2の両方に該当する場合、従業員を社会保険の被保険者にする必要があります。
- 強制適用事業所または任意適用事業所に該当する
- 従業員が社会保険の加入条件を満たす
強制適用事業所にあたる個人事業主(従業員人数5人以上)
従業員を5人以上雇っている個人事業主または法人は、新規適用手続きを必ずしなければなりません(強制適用事業所)。
ただし、クリーニング業、飲食店、ビル清掃業等一部のサービス業、農業、漁業等に携わる個人事業主の場合、従業員人数が5人以上でも社会保険への加入が義務付けられません。
任意適用事業所にあたる個人事業主(従業員人数1人~4人)
従業員を1人~4人雇っている個人事業主は、適用手続きをするかどうかは任意です。手続きをした場合は、任意適用事業所になります。申請をする際は、従業員の半数以上の同意が必要です。
任意適用事業所になるための手続きをしない場合、従業員が社会保険の加入条件を満たしていても、従業員を社会保険の被保険者にするための手続きは不要です。
社会保険への加入条件を満たす従業員
特定適用事業所、任意特定適用事業所、国・地方公共団体に属する事業所で働く従業員のうち、社会保険への加入条件を満たすのは次に該当する方です。
雇用形態 | 社会保険への加入義務 |
1.正社員、代表者、役員等 | 加入義務あり |
2.パート・アルバイト (所定労働時間または所定労働日数が正社員の3/4以上) | 加入義務あり |
3.パート・アルバイト (所定労働時間または所定労働日数が正社員の3/4未満) | 法人内の被保険者101人以上(令和6年10月以降は51人以上) かつ 以下3点に該当すれば加入義務あり ・週の所定労働時間が20時間以上あること ・賃金の月額が8.8万円以上であること ・学生でないこと |
(70歳以上の人は原則健康保険のみ加入)
社会保険への加入が必要な場合は、後述『従業員を1人以上雇った個人事業主がやるべき社会保険手続き』を参考に手続きを進めてください。
なお、以下に当てはまる人は社会保険の被保険者にはなりません。
・日々雇い入れられる人
・2カ月以内の期間を定めて使用される人
・所在地が一定しない事業所に使用される人
・季節的業務(4カ月以内)に使用される人
・臨時的事業の事業所(6カ月以内)に使用される人
1人以上雇用する個人事業主は、従業員を労働保険(雇用保険・労災保険)に加入させる義務がある
従業員を1人でも雇っていれば、労働保険への加入が必須の強制適用事業場になります。労災保険は全従業員が加入対象です。雇用保険の加入条件を確認し、加入条件を満たしていた場合は従業員を被保険者にするための手続きをしましょう。
1人以上雇用する場合は強制適用事業場にあたる
従業員を1人以上雇う場合は、法人・個人事業主を問わず、従業員を労働保険に加入させる必要があります(強制適用事業場)。
例外として、従業員5人未満で農林水産業を営む個人経営の方は、強制適用事業場にはなりません。
労働保険への加入条件を満たす従業員
雇用保険・労災保険への加入条件を満たす従業員はそれぞれ次のとおりです。
雇用保険 | 以下2点を満たす労働者は加入しなければならない 1.1 週間の所定労働時間が 20 時間以上 2.31日以上の雇用見込み |
労災保険 | 全労働者が加入しなければならない |
従業員を雇っていれば必ず手続きが発生します。後述『従業員を1人以上雇った個人事業主がやるべき労働保険手続き』を参考に、手続きを進めてください。
補足:同居の親族は労働保険の加入対象外になることがある
労働保険は労働者を守るための保険です。同居の親族は、労働者とは言い切れないので労働保険の加入対象にはならないことがあります。
同居の親族が労働者として扱われるのは、以下のすべてを満たす働き方をしている時です。
1.就労の実態が、当該事業場における他の労働者と同様であり、賃金もこれに応じて支払われていること。
2.始業・終業の時刻、休憩時間、休日、休暇等並びに賃金の決定、計算方法、支払いの方法、賃金の締め切り、支払の時期等が就業規則などによって明確に定められており、かつ、その管理が他の労働者と同様になされていること。
3.業務を行うにつき、事業主の指揮命令に従っていることが明確であること。
従業員を1人以上雇った個人事業主がやるべき社会保険手続き
【従業員人数別】社会保険加入のための提出書類(個人事業主の場合)
従業員人数 | 提出書類 |
5人以上 | 【必須】健康保険・厚生年金保険 新規適用届 【必須】健康保険・厚生年金保険 被保険者資格取得届 |
1~4人 | 【任意】健康保険・厚生年金保険任意適用申請書 【任意適用なら必須】健康保険・厚生年金保険 被保険者資格取得届 |
従業員が5人以上の場合と、任意で社会保険に加入したい場合は、以下の手続きを進めてください。
社会保険に事業所を加入させる手続き(従業員5人以上の個人事業主の場合)
従業員が5人以上いる場合は、社会保険の強制適用事業所になります。事業所を社会保険に加入させるために、次の手続きをしましょう。
手続き名 | 健康保険・厚生年金保険新規適用届 |
入手方法・入手先 | 新規適用届|日本年金機構 |
記入例 | 記入例|日本年金機構 |
添付書類・必要書類 | 法人登記簿謄本 法人番号指定通知書のコピー 個人事業主のみ:事業主の世帯全員の住民票 個人事業主のみ:代表者の公租公課の領収書1年分 |
提出先 | 会社がある地域を所轄する年金事務所 |
提出方法 | 郵送、窓口持参、電子申請 |
提出期限 | 会社設立から5日以内 |
詳細 ※手続きをする際に必ずご確認ください | 手続きの詳細説明 |
任意で事業所を社会保険に加入させる手続き(従業員1~4人の個人事業主の場合)
従業員が1~4人の場合、社会保険への加入は任意です。希望する場合のみ以下の手続きをしましょう。
手続き名 | 健康保険・厚生年金保険 任意適用申請書・同意書 |
入手方法・入手先 | 任意適用申請書|日本年金機構 |
記入例 | 記入例|日本年金機構 |
添付書類・必要書類 | (1)任意適用申請書 (2)任意適用同意書(従業員の2分の1以上の同意を得たことを証する書類) (3)事業主世帯全員の住民票(コピー不可) (4)公租公課の領収書(原則 1 年分)(コピー可) |
提出先 | 事務センターまたは管轄の年金事務所 |
提出方法 | 郵送、窓口持参、電子申請 |
提出期限 | – |
詳細 ※手続きをする際に必ずご確認ください | 手続きの詳細説明 |
従業員を社会保険に加入させる手続き(社会保険の適用事業所であれば必須)
強制適用事業所、任意適用事業所に該当する場合は、以下の手続きをして従業員を社会保険の被保険者にしましょう。
手続き名 | 健康保険・厚生年金保険被保険者資格取得届 |
入手方法・入手先 | 健康保険・厚生年金保険被保険者資格取得届|日本年金機構 |
記入例 | 記入例|日本年金機構 |
添付書類・必要書類 | 原則不要 60 歳以上の方が、退職後 1 日の間もなく再雇用された場合①と②両方又は③ ① 就業規則、退職辞令の写し(退職日の確認ができるものに限る) ② 雇用契約書の写し(継続して再雇用されたことが分かるものに限る) ③ 「退職日」及び「再雇用された日」に関する事業主の証明書 |
提出先 | 事務センターまたは管轄の年金事務所 |
提出方法 | 郵送、窓口持参、電子申請 |
提出期限 | 資格取得日から5日以内 |
詳細 ※手続きをする際に必ずご確認ください | 手続きの詳細説明 |
従業員を1人以上雇った個人事業主がやるべき労働保険手続き
初めて従業員を雇ったときに対応するべき労働保険手続きは次のとおりです。
- 労働保険の成立手続き(1人以上雇用している場合)
- 従業員を雇用保険に加入させる手続き
- 補足:従業員を雇うたびに労災保険への加入手続きをする必要はない
労働保険の成立手続き(1人以上雇用している場合)
初めて従業員を雇用したときは、労働保険の成立手続きをして、事業場全体を労働保険に加入させる必要があります。
労働保険の成立手続きは多少複雑なので、ここでは全体像だけをご説明します。
まず、労働保険保険関係成立届を、地域を管轄する労働基準監督署に提出しましょう。
受領印が押された労働保険保険関係成立届事業主控及び確認書類等に、雇用保険適用事業所設置届と雇用保険被保険者資格取得届を添付して企業がある地域を管轄するハローワークに提出してください。
ただし、農林水産、建設、港湾運送業の場合は書類の提出先が異なります。
手続きの詳細は以下記事の『雇用保険・労災保険の適用を受けるための手続き(初回のみ)』をご参考ください。
従業員を雇用保険に加入させる手続き
従業員が雇用保険の加入要件を満たしていた場合は、以下の手続きが必要です。
手続き名 | 雇用保険被保険者資格取得届 |
入手方法・入手先 | ハローワーク インターネットサービスより印刷 |
記入例 | 記入例|厚生労働省 |
添付書類・必要書類 | 原則不要 期限を過ぎた場合は、雇用したことを証明する以下のいずれかの書類 ・賃金台帳 ・労働者名簿 ・出勤簿 など |
提出先 | 管轄の公共職業安定所(ハローワーク) |
提出方法 | 郵送、窓口持参、電子申請 |
提出期限 | 被保険者にする従業員を雇用した月の翌月10日まで |
詳細 ※手続きをする際に必ずご確認ください | 手続きの詳細説明(2ページ目) |
補足:従業員を雇うたびに労災保険への加入手続きをする必要はない
労災保険の場合、社会保険や雇用保険のような被保険者資格取得届のような手続きは不要です。
労働保険の成立手続きをすると、その事業所で働いている全ての労働者が労働保険の対象になるためです。
1人目の従業員を雇った時の社会保険手続きは複雑|社労士に相談するメリット
人を雇った際の手続きや法律に関する不明点を相談したい場合は、社労士に相談するといいかもしれません。
1人目の従業員を雇う段階の個人事業主の方であれば、例えば以下のような相談ができます。
- 雇用契約書に不備がないか確認
- 人を雇用する際にもらえるかもしれない助成金のアドバイスや申請代理
- 就業規則の作成
- 給与計算の代理
- 社会保険・労働保険手続きの代理
以下、1人目を雇用する段階で社労士に相談するメリットをご説明します。業務負担を減らせる可能性が高いので、忙しい方ほど一度ご検討いただければいいかと思います。
- 初めて雇用したときの手続きの全体像を掴みやすく、対応漏れが起こりにくい
- 初めての雇用で発生する手続きを一部任せられる
- 今後も発生する社会保険などの手続き忘れを未然に防ぐ体制を作れる
初めて雇用したときの手続きの全体像を掴みやすく、対応漏れが起こりにくい
従業員を初めて雇う際は、従業員を被保険者にする手続きだけではなく、社会保険と労働保険の新規適用手続きが必要です。
さらに、社会保険以外にも次の対応をしなければなりません。
- 労働条件の明示
- 雇用契約書の用意
- 勤怠管理の用意
- 給与計算の用意
- 就業規則の作成(従業員10人以上で必須)
- 税金の手続き
手続きの具体的な進め方については次の記事で解説します。
初めて人を雇用する際は何から進めていけばいいのかわからなくなるほどやることが多いので、社労士に相談しながら抜け漏れなく対応できると安心感があります。
初めての雇用で発生する手続きの一部を任せられる
2人目以降の従業員を雇う時は、1人目を雇った時に用意した仕組みや書類を共有したりある程度転用したりできます。
1人目の従業員を雇うときは、0から準備を始めなければいけないので負担がかかります。
この段階で社労士に相談をすると、手続きの一部を任せられたり、法令違反をしないような管理体制を構築したりできます。
今後も発生する社会保険などの手続き忘れを未然に防ぐ体制を作れる
従業員を雇う段階では、社会保険や労働保険への加入手続きをすればいったん大丈夫です。
しかし、従業員の家族を扶養に入れるときや、ボーナスを払うときなどにも社会保険の手続きが発生します。
どんな時に社会保険の手続きが発生するのか、以下の記事にまとめていますので備忘録としてお使いください。
上記の記事でご説明しているとおり、人を雇うと度々社会保険関係の手続きをしなければいけなくなります。人が増えるほど忘れずに経営者が1人で対応するのが大変になります。
本業が忙しくて人を雇っているのに、社会保険手続きに時間を取られては本末転倒ではないでしょうか。
社労士に任せることで、手続きに時間を取られたりミスを心配したりしないでよくなります。
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サポート内容の詳細は以下よりご確認いただけます。
まとめ
従業員を1人以上雇用する個人事業主に向けて、個人事業主本人と従業員が加入する社会保険はどれなのか?どんな手続きをすればいいのか?をお伝えしました。
この記事で特に重要なポイントは次のとおりです。
- 個人事業主は健康保険と国民年金保険に加入するが、労働保険には加入できない
- 個人事業主には労災保険の特別加入制度がある。労災にあうリスクがある職種の人は特に検討したい
- 5人以上の従業員を雇う個人事業主(事業所)は社会保険に強制加入、5人未満の場合の加入は任意
- 従業員を1人でも雇えば、事業所を労働保険に加入させる必要がある
- 初めて人を雇うときは、社会保険の加入以外にもやることが多い
- 社会保険加入が終わった後も、度々社会保険手続きが必要になることがある
- 忙しい方は、社会保険や労働保険に関する手続きを社労士に相談・代理を頼むと安心