役員は原則雇用保険・労災保険に加入できません。例外として、労働者としての立場を兼ねているような場合は加入できることがあります。
雇用保険や労災保険に未加入の場合、失業した際に給付を受けられなかったり、労災被害にあったときに保障や年金を受け取れなかったりします。
この記事では、雇用保険・労災保険に役員が加入できるかどうか、どう判断すればいいかご説明します。
加入できる場合の手続きの仕方や、加入できない場合に代わりに使える国の制度についてもご案内します。
ただ、労災での傷病に健康保険は使えませんし、被害にあってからでは保障を得られません。
保険に入らない判断をする場合も、潜在的にどんなリスクを抱えているのか、頭の片隅に入れておくといいかもしれません。
また、役員の社会保険加入条件や対応するべき手続きの内容について以下の記事でご説明しています。雇用保険とは加入条件が異なるのでぜひ併せてご参考ください。
役員は雇用保険に原則加入不可。ただし労働者性がある場合は加入可能
役員が雇用保険に加入できない理由と、どんな場合に加入ができるのかをご説明します。
役員はなぜ原則雇用保険に入れないのか?
役員が雇用保険に加入できない理由は、雇用保険は労働者の生活や雇用の安定を目的としている保険だからです。役員は会社から委任を受けている立場であり、雇用されている立場ではないので雇用保険の加入対象ではありません(取締役、監査役、執行役員など)。
ただし、肩書きが役員であったとしても、労働者として会社から雇用されているような場合は雇用保険に加入できます(部長、課長、支店長など)。
役員が雇用保険に加入できるのは、労働者性がある場合
雇用保険に加入するためには、労働基準法上の労働者である必要があります。
労働基準法上の労働者とは、事業主に①使用されていて、②賃金を支払われている人のことをいいます(①②を満たす場合は労働者性があることになる)
役員が雇用保険に加入できるのは以下の4点すべてにあてはまる場合です。
【従業員として雇用保険に加入する4つの条件】
・代表権もしくは業務執行権を有しないこと。
・会社の部長、支店長、工場長等の従業員としての身分を有すること。
・賃金よりも役員報酬が低額であること。
・労働者名簿・賃金台帳・出勤簿が整備されていること。
判断が難しい場合は、お住まいの地域を管轄するハローワークに相談すると安心です。
雇用保険に加入できない役員はいかにリスクに備えるべきか?
雇用保険への加入が難しそうな方に向けて、以下3点をご説明します。
- そもそも代わりの制度を使う必要があるのか?
- 労災保険未加入だとまずいのか?
- 雇用保険・労災保険の代わりに使えるものはあるのか?(国の制度のみ紹介)
労働者性がない場合は労災保険にも加入できません。労災被害で働けなくなった場合の保障を得られないリスクがあるので併せてご説明します。
【前提知識】雇用保険・労災保険に入れないとどんな保障を受けられないのか?
雇用保険の保障内容
- 基本手当:失業後に求職活動をする際に支給される
- 就職促進給付:基本手当の支給が終わる前に就職をすると支給される再就職手当などがある
- 教育訓練給付:厚生労働省が指定した教育訓練を受けた場合に費用の一部が支給される。キャリアアップやリスキリングに使える
- 雇用継続給付:高齢者雇用継続や介護休業に対して支給される
- 育児休業給付:育休取得で支給される
失業をしてから再就職をするために必要な生活費や、教育訓練の費用の支給を受けられるイメージです。万一倒産をした場合に、再就職にそこまで時間がかからなそうな方や、当面の生活費を貯蓄で賄える方は、代わりの保険などはなくても良さそうです。
労災保険の保障内容
- 療養(補償)等給付:労災病院等で治療を受ける際に必要な医療費が無料
- 休業(補償)等給付:傷病により休業する労働者に対して、賃金の一部を補償
- 傷病(補償)等年金:治療後も回復しない重度の障害が残る場合に、年金が支給される
- 障害(補償)等給付:労災後に障害が残った場合に、障害等級に応じた年金や一時金が支給される
- 遺族(補償)等給付:労働者が死亡した際に、生計を共にしていた遺族に対して年金が支給される
- 葬祭料等(葬祭給付):労働者の葬儀を行った者に対して葬祭料が支給されます。
- 介護(補償)等給付:障害を持つ労働者が介護を必要とする場合に介護費用が支給される
- 二次健康診断等給付:異常が見られた場合に二次健康診断及び特定保健指導を受けられる
例えば労災被害で腕を欠損したような場合、労災被害にあう前と同じように働けなくなります。結果的に将来にわたって収入が減少し続けることが考えられます。
失業して再就職するのも大変ではありますが、新しい仕事が見つかりさえすれば再び収入を得られます。
収入が減る度合いと期間の長さで考えると、雇用保険未加入よりも労災保険未加入の方が重いリスクを抱えうるので、労災保険の代わりに何を使うか、ということも考えておいた方がいいでしょう。
ここからは、雇用保険と労災保険に加入できない役員が、代わりに使える制度をご紹介します。
雇用保険代わりに役員が使えるセーフティーネットはあるか?
『失業後再就職するまでの生活費や職業訓練費用をなんとかすること』を雇用保険の主目的としましょう。
貯金ができるなら貯金でも構いませんが、ここでは小規模企業共済をご紹介します。
【小規模企業共済の概要とメリット】
- 経営者や役員が退職金を積み立てる制度
- 中小機構(国の機関)が運営しているので安心感がある
- 掛金を所得から控除できるので節税に使える
- 毎月の賭け金を1000円から7万円まで自由に設定できる
- 廃業時に一括(退職所得)または分割(雑所得)で受け取り可能
- 掛金の範囲内で低金利の貸付ができるので急な出費に対応できる
特に掛金を所得から控除できる点が大きなメリットです。ある程度収入が増えてきた段階の人であれば節税に使えるので貯金をするよりも合理的になり得ます。
詳細は以下のページをご確認ください。
小規模企業共済とは | 共済制度 | 独立行政法人 中小企業基盤整備機構
役員は労災保険にも加入不可!ただし手続きをすれば加入できることも
労働者性がない場合は労災保険に加入できません。労災保険に加入する場合、労働保険の保険関係成立手続きをすれば、その事業所で働く労働者は労災保険の対象になります。
入社退社するたびに手続きがないので忘れがちですが、役員も労災保険の保障を受けられるようにするためには特別加入制度を使って加入手続きをする必要があります。
特別加入制度とは、労働者と同じように労災被害に巻き込まれる恐れがある経営者や役員、個人事業主を、労災保険に加入できるようにするための制度です。
労災による傷病に対して健康保険は使えないので、労災保険か民間の医療保険に加入していなければ療養期間中に収入が途切れることになります。
労災保険は国の制度なので、民間の保険に比べると割安な保険料で手厚い保障を受けられます。労災のリスクに備えたい場合は、民間の保険よりも先に労災保険への特別加入を検討するといいでしょう。
【状況別】役員になったときの雇用保険手続き
役員になった場合に発生する可能性がある雇用保険手続きの必要書類や提出先などをご説明します。
雇用保険に新規で加入する手続き
役員兼従業員として新たに雇用された際の手続きです。通常の労働者を雇用したときと同じ手続きです。
手続き名 | 雇用保険被保険者資格取得届 |
入手方法・入手先 | ハローワーク インターネットサービスより印刷 |
記入例 | 記入例|厚生労働省 |
添付書類・必要書類 | 原則不要 期限を過ぎた場合は、雇用したことを証明する以下のいずれかの書類 ・賃金台帳 ・労働者名簿 ・出勤簿 など ・(役員兼労働者として働く場合)兼務役員雇用実態証明書 |
提出先 | 管轄の公共職業安定所(ハローワーク) |
提出方法 | 郵送、窓口持参、電子申請 |
提出期限 | 被保険者にする従業員を雇用した月の翌月10日まで |
詳細 ※手続きをする際に必ずご確認ください | 手続きの詳細説明(2ページ目) |
役員兼労働者として働く際の手続き
役員兼労働者として働く場合は、兼務役員雇用実態証明書を提出しましょう。上述『雇用保険被保険者資格取得届』を提出する場合は、兼務役員雇用実態証明書と一緒に提出しましょう。
手続き名 | 兼務役員雇用実態証明書 |
入手方法・入手先 | 兼務役員雇用実態証明書(2ページ目) |
記入例 | 兼務役員雇用実態証明書(3ページ目) |
添付書類・必要書類 | ・定款 ・就任時の議事録もしくは登記事項証明書のうつし ・人事組織図 ・役員報酬規定、報酬額の根拠 ・労働者名簿 ・賃金台帳・出勤簿 ・就業規則・賃金規定 ・申立書 ・資格取得届 ・総勘定元帳 |
提出先 | 管轄の公共職業安定所(ハローワーク) |
提出方法 | 郵送、窓口持参、電子申請 |
提出期限 | (雇用保険被保険者資格取得届に添付する場合) 被保険者にする従業員を雇用した月の翌月10日まで |
詳細 ※手続きをする際に必ずご確認ください | – |
役員になって雇用保険から外れる際の手続き
従業員から(労働者性のない)役員になった場合は雇用保険の被保険者でなくなるための手続きが必要です。
手続き名 | 雇用保険被保険者資格喪失届 |
入手方法・入手先 | 雇用保険被保険者資格喪失届 |
記入例 | 雇用保険被保険者資格喪失届 |
添付書類・必要書類 | 【必ず必要】 資格喪失届(マイナンバーの記載が必要) 【離職票を交付希望の場合に必要 ・離職証明書 (3枚複写 ) ・支給の内訳と交通費が分かる賃金台帳又は給与明細書 (記載した期間すべて) ・出勤簿又はタイムカード (記載した期間すべて) ・離職理由の確認できる書類のコピー |
提出先 | 管轄の公共職業安定所(ハローワーク) |
提出方法 | 郵送、窓口持参、電子申請 |
提出期限 | 退職日の翌々日から10日以内 |
詳細 ※手続きをする際に必ずご確認ください | ネット上に公式の情報が少ないため、ハローワークに問い合わせるのが無難 |
まとめ
役員の雇用保険の可否についてご説明しました。特に重要な点は以下のとおりです。
- 役員は原則雇用保険・労働保険に加入できない
- 労働者性がある場合は雇用保険・労働保険に加入できる
- 小規模企業共済を使えば節税しつつ退職金を積み立てられる。雇用保険の保障と似た目的で使える
- 労災保険には特別加入制度を使えば加入できる
- 社会保険の加入条件と手続きも要確認