定年間近の従業員を雇用するすべての経営者は、今のうちから再雇用時の給与をいくらにするのか考えておく必要があります。
理由は、企業には希望者全員を65歳まで再雇用する義務があるからです。
しかし、高齢労働者に高い給与を払い続けると経営が圧迫されます。労働者の業務内容に応じて給与水準を下げる決断も必要ですが、下げ方を間違えると訴訟されるリスクがあります。
年収相当の金額を請求されるような裁判例もあり、中には裁判所から100万円単位の支払いを命じられるケースも。
経営者は、人件費高騰と訴訟リスクを天秤にかけて、再雇用時の給与を決める必要があります。
人件費負担軽減と訴訟回避を両立する観点から、この記事では従業員を再雇用する際の給与水準の決め方に関して以下の点を解説します。
- 定年前後の従業員を雇う企業には具体的にどのような義務があるのか?
- 定年後再雇用時の給与水準の相場はどの程度なのか?
- 定年後再雇用時の給与減額を社労士に相談して決めるメリット
- 定年後再雇用時に利用できる給付金・補助金
- 定年後再雇用の流れ
65歳までの定年後再雇用は義務|高齢者を雇うすべての経営者は給与をどうするか考えなければならない
労働者が希望する場合、企業は希望者全員を65歳まで雇用しなければなりません。定年が近い労働者を雇用している方は、訴訟にならないような再雇用時の給与水準を考える必要があります。
65歳までの定年後再雇用について、企業にどんな義務があるのか、以下3点をご説明します。
- 継続雇用を希望する従業員は全員65歳まで雇用する義務がある
- 定年後再雇用を拒否すると不当解雇にあたる恐れがある
- 定年後再雇用を拒否できる2つのケース|定年後も同じ条件で雇用する義務はない
継続雇用を希望する従業員は全員65歳まで雇用する義務がある
高年齢者雇用安定法第9条では、企業は以下の高年齢者雇用確保措置のうち、いずれかを実施する義務があります。
- 定年年齢を65歳まで引き上げ
- 希望者全員を65歳まで継続雇用する制度の導入
- 定年制の廃止
継続雇用制度について補足します。継続雇用には次の2つがあります。
- 再雇用制度:定年で退職した後に再度雇用すること。新たに雇用契約ができる。
- 勤務延長制度:退職はせずにこれまでの雇用形態を維持して雇用を延長すること。
定年引き上げや勤務延長制度により雇用を続ける場合、雇用条件が変わらないので、合理的な理由がない限り給与も変わりません。
定年後再雇用による給与減額について調べる場合は、継続雇用制度の再雇用制度について調べると必要な情報を得られます。
年齢が上がっても業務効率が変わらない職種の場合は定年延長でも問題はなさそうですが、年齢が上がって労働時間が減ったり業務効率が落ちたりするような場合は、再雇用制度を選択して合理的な雇用条件と給与水準を検討した方が良さそうです。
定年後再雇用を拒否すると不当解雇にあたる恐れがある
上記高年齢者雇用安定法により、60歳で定年退職した労働者が継続雇用を希望した場合、これを正当な理由なく断ると不当解雇にあたる恐れがあります。裁判で不当解雇が認められた場合、退職日から判決が下されるまでの期間は雇用されていたことになるので、この間の給与を支払わなければならなくなります。
定年後再雇用を拒否できる2つのケース|定年後も同じ条件で雇用する義務はない
例外的に定年後の再雇用を拒否できるケースが2つあります。
- 解雇事由を満たしている場合(難しい)
- 企業が提示した(合理的な)労働条件で合意に至らなかった場合
解雇事由を満たしている場合(難しい)
解雇には、懲戒解雇、整理解雇、普通解雇があります。これらの解雇の要件を満たしている場合は、再雇用を拒否しても違法になるリスクが少ないです。ただし、解雇の要件を満たすのは簡単ではありません。定年間際の労働者のうち、解雇要件を満たさない人の方が多い可能性が高いので、もう一つの理由、『企業が提示した(合理的な)労働条件で合意に至らなかった場合』の方が、多くの企業にとって身近な理由かもしれません。
企業が提示した(合理的な)労働条件で合意に至らなかった場合
再雇用時の労働条件をよく考えておきましょう、という点をこの記事で一番伝えたいです。適切な給与水準と労働条件を提示することが訴訟を回避するうえで最重要です。
再雇用時に、定年前と同じ労働条件を提示する義務はありません。不合理な提案でない限り、労働時間や業務内容、給与が変わっていたとしても問題にはなりません。企業が提示する条件に労働者が合意しない場合は契約が成立しないので、再雇用をしなくてもただちに問題にはなりにくいでしょう。
業務内容が同じであれば、若い人を雇った方が生産性が高いような職種もあるかと思います。このような場合は特に、再雇用時の給与水準をどこまで下げても大丈夫なのか?という疑問を持ちやすいかもしれません。
結論をいうと企業次第ではあるのですが、次のセクションでは再雇用時の給与が何割下がっているのか、民間企業の調査結果よりご説明します。
定年後再雇用時の給与水準の相場、定年前の6割程度が最多の20.2%との調査も
日経ビジネスが40~74歳を対象(N=892)にした2021年の調査の結果、勤務時間・日数が定年前と同水準と回答した人が63.5%だと回答しました。一方、年収については定年前の6割程度が20.2%、5割程度が19.6%、4割程度が13.6%という回答でした。
この調査から得られる結論としては、再雇用時の給与水準は定年前の4~6割程度が相場に近いであろう点です。ただ、自社での給与も4~6割程度減額して大丈夫かというと、そうではありません。
定年後再雇用の給与減額、何割下げるとやばいのか?
この項目では、以下の内容をご説明します。
- 再雇用時の給与はどこまで減額できるのか
- 再雇用時の給与を考えるときは何を頭に入れておけばいいのか
結論|給与を何割下げたら問題になるのかは企業次第。労働条件の見極めが鍵になる
給与をどの程度下げられるのか、明確な答えがない理由は次のとおりです。
- 業務内容、配置転換、これまでの給与水準などを踏まえて総合的に判断しないと、自社にとって妥当な給与水準はわからない
- 再雇用時に給与を何割下げてはいけないという法律があるわけではないので、判例を参考に何をするとまずいのか推定するしかない
年齢だけを理由に給与減額をするのはハイリスクです。年齢ではなく業務内容に応じた給与を設定する必要があるので、これまでよりも少ない労働時間や、定年前よりも責任が軽い業務内容など、給与が減っても妥当な労働条件を提示することになります。
定年後再雇用時の給与減額は違法ではないが、同一労働同一賃金(不合理な処遇格差)に注意
再雇用時に無期雇用から有期雇用に変更する場合は、同一労働同一賃金の原則を知っておいた方がいいでしょう。これは、仕事の内容が同じなのであれば、雇用形態にかかわらず同じ給与を支給しましょうという原則です。
再雇用をする際は有期雇用になることが多いためか、再雇用に関する裁判例を調べると同一労働同一賃金に関する話がよく出てきます。
無期雇用から有期雇用に変更して給与を減額したにもかかわらず、仕事の内容が同じだと問題になる可能性が高いことがわかります。
定年時の6割を下回る賃金を法令違反とした裁判例も
賃金をどこまで減額するとまずいのかを想定できる裁判例の1つに、名古屋自動車学校事件(最一小判令5・7・20)があります。
上記の事件では、定年後再雇用時の給与を定年時の6割減額した自動車学校に対して、同一労働同一賃金の原則(旧労働契約法第20条)に違反するとして、給与の差額の支払いが命じられました。
事件の詳細
原告らは、定年後に再雇用され、嘱託職員として働いていました。原告は正社員との契約と比較して、業務内容や責任の度合いは同程度なのに、基本給や賞与に差があると主張し、損害賠償を求めて訴訟をしました。
原告らの基本給は、定年退職時には約16万~18万円で、再雇用後の1年間は約8万円、その後は約7万円でした。また、賞与や嘱託職員一時金も、定年退職前に比べて低かったと主張。一審では、原告らの基本給や一時金が、定年退職時の正社員の給与を大幅に下回っていることを不合理と判断し、旧労働契約法第20条違反で差額分の給与の支払いが認められました。
他社の事例や裁判例を参考にして自社の給与水準を決めるのは難しい
上記の裁判例では、6割という数字の部分に目が行きがちですが、減額後の給与は7~8万円と生活が難しい金額です。6割減額後の給与が20万円の企業に対しても、上記の裁判例と同じように、差額分の賃金の支払いが認められるとは言い切れません。
定年後再雇用で給与減額をする前に社労士に相談した方がいい5つの理由
定年後再雇用での雇用契約をする際は、人件費高騰による経営への圧迫を回避しつつ、トラブルが起きないような給与水準を提示する必要があります。
相反する2つの目的の落とし所を見つけなければならないので、社労士に相談する必要性が特に高いでしょう。
以下、再雇用をする前に社労士に相談した方がいい理由を5つご説明します。
- 自社にとっての最適な定年後再雇用時の給与水準がわかる
- 他社の事例にも詳しい。給与水準を下げた場合に想定される不利益も確認できる
- 就業規則への追記や再雇用規定の作成をし、トラブルを未然に防げる
- 給付金や助成金をフル活用して給与減額を補える
- 高齢者を雇用した際の社会保険手続きも任せられる
自社にとっての最適な定年後再雇用時の給与水準がわかる
再雇用対象者への適切な金額の給与の提示と、トラブル回避の両立ができます。
定年後給与は4割合カット、のようなシンプルな変更をしてしまうと、業務内容や労働時間は変わらないのに給与が安くなったということで、労働条件の不利益変更で訴訟に至るリスクがあります。
とはいえ、ご高齢になることで給与に対する生産性が低下することも考えられるので、実情に応じて一定割合の給与減額をすることが経営にとって望ましいこともあります。
社労士に相談をすることで、自社特有の働き方や、対象者の生産性を踏まえて、再雇用時の給与水準や雇用条件をどのように設定するといいのかが明確になります。
他社の事例にも詳しい。給与水準を下げた場合に想定される不利益も確認できる
社労士によっては、同じ業界や似たような事情を抱えた企業がどのように対応をしたのか、具体的な事例を知っています。
新しい労働条件を考える場合、経営者が選べる選択肢は1つではありません。経験豊富な社労士に相談をすることで、複数の選択肢から経営者の方針により近い対応を選べます。
就業規則への追記や再雇用規定の作成をし、トラブルを未然に防げる
再雇用に関する裁判をした際は、一度に請求される金額が100万円単位になることもよくあります。
定年・再雇用|労働判例を見ると、正社員との賃金の差額550万円程度を労働者に請求されているような判例も見られます。
上記ページのような裁判になった場合に証拠になるものに、就業規則や再雇用規定があります。
就業規則や再雇用規定に適切な記載をすることで、経営者への不利な主張が認められるリスクを下げられます。
もっとも、裁判での請求を回避するためには、適切な制度を設計したり、早い段階で民事で解決したりと、就業規則追記以外の努力も必要です。
給付金や助成金をフル活用して給与減額を補える
給付金や助成金の相談・手続き代理は社労士の独占業務です。
社労士に相談をすると、再雇用をする際に利用できる給付金と助成金を教えてもらえます。自社で申請手続きをすることもできますし、社労士に任せることもできます。
再雇用時にもらえる給付金や助成金については後述します。
高齢者を雇用した際の社会保険手続きも任せられる
人が入社・退社した際の社会保険手続きや、一定の年齢を超えた労働者の社会保険手続きも任せられます。
定年後再雇用での給与減額は高年齢雇用継続給付で一部補いましょう
給付金の申請は原則事業主が行います。給付金の受給を考えている従業員の方は、このページを事業主や人事労務担当者に送付し、給付金がもらえる旨をお伝えください。
高齢者を継続雇用して、給与が一定以上低下した場合に支給される給付金です。Q&A~高年齢雇用継続給付~|厚生労働省に詳しい説明が書いてあります。詳細が知りたい方はこちらもご覧ください。
この給付金の要点は…
- 高年齢雇用継続給付には、再雇用された方向けの高年齢雇用継続基本給付金と、再就職した方向けの高年齢再就職給付金がある
- 受給資格は、60歳以上65歳未満の一般被保険者で、被保険者であった期間が5年以上あることが必要
- 給付の支給は、60歳に到達した月から65歳に到達する月までで、各暦月の初日から末日まで被保険者であることが必要
- 給付の計算は、60歳到達時の賃金月額と比較して支給対象月に支払われた賃金額の低下率に基づいて行われる
- 申請手続きは原則として事業主を経由して行われますが、被保険者本人が申請することも可能
- 給付金は課税の対象ではない
給付金の額は、賃金の低下率とそれに対応する支給率に基づいて計算されています。
60歳到達時の賃金月額が30万円の方の賃金が低下した場合の具体的な給付金額の例は…
- 26万円の場合:賃金が75%未満に低下していないため、給付なし
- 20万円の場合:低下率が66.67%であるため、支給額は16,340円
- 18万円の場合:低下率が60%であるため、支給額は27,000円
定年後再雇用に取り組む事業主が利用できる助成金
支給要件を満たすような取り組みや制度導入をすると、助成金の支給を目指せます。高齢者の継続雇用について前向きに考えている経営者の方は助成金をもらえる可能性があります。
65歳超雇用推進助成金
定年以降の労働者が働きやすい職場環境を整えた企業に支給される助成金です。以下3種類のコースがあります。
- 65歳超継続雇用促進コース:次のいずれかを実施した事業主に支給
①65歳以上の労働者の定年を引き上げ、②定年の規定を撤廃、③66歳以上の労働者を雇い続ける制度を導入、④他社による継続雇用制度の導入
- 高年齢者評価制度等雇用管理改善コース:高年齢者向けの雇用管理制度を整備するなどの措置を実施した事業主に対して支給。
- 高年齢者無期雇用転換コース:50歳以上で定年に達していない期間雇用労働者を、無期限雇用に切り替えた事業主に対して支給。
高年齢労働者処遇改善促進助成金
60歳から64歳までの高齢労働者の待遇改善を目指す事業主に支給されます。高齢労働者の賃金規定を増額改定すると助成の対象になります。
助成を受けるためには、以下全ての条件を満たす必要があります。
- 就業規則に基づき、賃金規定を改定し、対象となる労働者全員の1時間あたりの賃金を、60歳時点の1時間あたりの賃金と比較して75%以上に増額する
- 賃金規定の改定により増額された賃金が支払われた月の前6か月間に比べ、改定後の6か月間で、対象労働者が受け取る高年齢雇用継続基本給付金の総額が減少している
- 支給申請日時点で改定後の賃金規定を継続して運用している
賃金規定の改定前後で比較した高年齢雇用継続基本給付金の減少額に、決められた助成率をかけた額が支給されます。
定年後再雇用の流れ
再雇用をする際の流れはおおむね次のとおりです。
- 再雇用時の雇用条件をよく検討しておく(後から変更するのは難しい)
- 対象者に再雇用制度の通知をする
- 定年退職者に再雇用を希望するか確認する
- 雇用条件を提示する
- 再雇用決定、各種手続きを進める
再雇用時の雇用条件をよく検討しておく(後から変更するのは難しいため)
特に再雇用が初めての場合、社労士とよく話し合って具体的な条件を検討してから雇用条件を提示をするのが無難です。
一度提示した雇用条件を従業員の合意なく変更することは、不利益変更禁止の原則(労働契約法第8条)にあたるためです。
社労士に相談をすることで、経営を圧迫せず、なおかつ労使間トラブルが起きにくいような給与水準や雇用条件を検討できます。
対象者に再雇用制度の通知をする
面談や書面、ミーティングなどで、定年が近い労働者に対して再雇用制度の案内をします。
定年退職者に再雇用を希望するか確認する
再雇用制度の案内をしたのちに、再雇用を希望する場合は再雇用の手続きを、希望しない場合は定年退職の手続きを進めます。
雇用条件を提示する
希望者に対して個別の面談をして、再雇用時の雇用条件を提示しましょう。
- 給与: 基本給、賞与、手当などの給与体系を明示。年齢ではなく業務内容や労働時間を基準に金額を検討する
- 契約期間:無期契約か有期契約か、有期契約の場合は契約期間や更新条件を明示
- 労働条件: 職種、業務内容、勤務地、勤務時間、休憩、休日、有給休暇、残業の有無など
- 社会保険: 健康保険、厚生年金保険、雇用保険の加入状況について記載。
- 退職に関する条件: 退職に関する通知期間などを定める
労働条件が変われば賃金が下がるかもしれませんが、年金や給付金を労働者が毎月いくら受け取れるのかを明示することで、定年後の生活にも配慮している姿勢を伝えましょう。
提示した(合理的な)雇用条件で合意に至れば再雇用、合意に至らなければ退職の手続きを進めます。
再雇用決定、各種手続きを進める
再雇用をする際は以下の手続きを進めましょう。
- 社会保険:資格喪失届と資格取得届を管轄の年金事務所に提出
- 雇用保険:高年齢雇用継続給付金申請の書類を管轄のハローワークに提出。労働時間が週20時間未満になる場合は、資格喪失届と離職証明書を提出。
退社時の手続きや、高齢労働者再雇用時の手続きについては以下の記事で詳しくご説明しています。
まとめ
- 定年の引き上げや再雇用制度などを活用し、希望する労働者全員を65歳まで雇用する義務が企業にはある
- 60歳が近い社員を雇うすべての経営者は再雇用時の賃金をどうするか考えざるを得ない
- 高齢労働者には給付金や年金が支給されるので、給与を一定割合下げることはある程度容認されている
- 人件費高騰のリスクと、不適切な給与水準で契約をした場合の訴訟リスクの両方を気にして給与を決めなければいけない
- 給与を何割まで減額できるか法律で決まっているわけではないので、判断が難しい
- トラブルが起きない、かつ経営を圧迫しない給与水準で契約をするには、社労士とすり合わせをするのが無難
- 給付金や助成金を活用すれば人件費の負担をより軽減できる